回顧録 入社当時

回顧録 入社当時

始めて会社を訪れたのは、5月の下旬、紹介していただいた自衛隊の地方連絡所の方に連れられ、大阪北部にある駅に隣接したビルの最上階に連れられて行った。

エレベータを降りて会社のドアを開けると総ガラス張りのコンピュータルームが目に飛び込んできた。

中では数人の社員が紙テープを首に掛けて忙しそうに動き回っている。当時ではSFの正解のように感じたものです。

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案内された応接室で、面接を済ませて早々に入社の手続きを行った。

給与は、8万、交代勤務有り、休みは各週の土曜日と日曜祭日、祭日がある場合は土曜日は出勤、残業有り(平均60~200時間)
それまで航空自衛隊で勤務していたので、さほどキツい内容とは感じませんでした。

入社して解ったのが、コンピュータオペレータの殆どが自衛隊出身で、2名が一般からの入社でした。この頃は定期採用が無くすべてが随時採用の社員ばかりで入社月はバラバラ。

 最初の直属上司が、自衛隊出身のやたら精神論を振りかざす親分肌の人だった。

あとで考えてみると、この人から仕事を教わったことは無かった。逆に手柄を横取りされていたことが将来解った。

実際に仕事の内容を教わったのは、5歳年上の自衛隊出身のY氏と一般出身のT氏だった。

特にY氏には、コンピュータに関しては多く事を教わった。Y氏には会計や簿記、そして社会常識などを教えて貰った。

Y氏のお姉さんが北の新地でママさんをしており何度かお店に連れて行ってもらった事があります。とても自分のお金では入れないお店で、結局それいらいこのようなクラブには行ったことがありません。

唯一、40代後半にヨットクラブのオーナのお店に1度だけ行った事があります。やはり自分のお金ではないです。

入社して最初に任されたたのは、ユーザ情報の登録作業でした。それまで計算料などは手計算で経理で作業をしていたのですが、今後はコンピュータで請求書を発行するとのことで顧客マスター作成をしていました。

タイプライターのようなデータライターで紙テープにユーザ番号、名前、住所をカタカナで入力していったのです。
もちろんそれだけをしていたのではなく、データをコンピュータに読み込ませる作業時にはそれを手伝い、計算処理が終わりアウトプットがが始まると、その整理と発送作業を行っていました。

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1ケ月が過ぎると、会社から富士通社へコンピュータの研修に参加させていただき、COBOLのプログラミング研修に通いました。
独学でFOTRANを含めプログラミングを習得すると、業務の中で簡単なプログラムに作成や修正なども行うようになりました。
当時はユーティリティと呼ばれるプログラムは現場で作成することが多かったです。

勤務は8時間3交替制の24時間勤務、若いこともあって結構楽しんでいました。夜勤には先輩が仮眠を取り若手が処理を担当するのですがエラーや不明なことがあると先輩を起こして助けて貰うといった感じです。

新人研修と言うことで、ユーザである会計事務所で職員さんについて企業を訪問して伝票整理や集計をしました。これが後で巡回監査と言うものだと知ります。

一通りの伝票整理や集計が終わると、社長さんや経理の方々と先月の帳簿を見ながら経営に関する話や相談に乗っていました。

会話の中で、会社の現状や計画や問題などを把握していました。
そんな感じで、ユーザと企業と言った関係ではなく仲間と言った意識が強い時代でした。
机の中には、いつもお酒やおつまみが入っており、お客さんからの差し入れも多く楽しい時代でした。

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