社員に経営者感覚を求めるのは経営者のエゴ

社員に経営者感覚を求めるのは経営者のエゴ109469ビジネス書や著名なエコノミスト達がその著書で経営改革には、社員に経営者としての考えを求めたりする事が、多く書かれている。幹部研修やリーダ教育には必ず経営者感覚を持てとか養えと説かれる。受講者や読者は何の疑いもせずに、一生懸命経営者の考えや方針を受け入れ鸚鵡返しをする。

これは実は恐ろしい事なのでは無いか?これら否を唱える粛清を受けることに成らないか?

社員はあくまで社員であって経営者では無い、社員が経営者感覚を持って働くことは経営者にとっては都合の良いことだが、社員にとってはどうだろう、コスト削減、効率向上、人件費抑制、どうあろう。

たとえば上司から、君は大器晩成だとか、石の上にも三年だとか、鉄は熱いうちに打て等と諭されたことは無いだろうか?

これらは確かに一見社員のために諭されているように聞こえるが、その国の歴史や文化に根ざした者であって、現在のビジネス理論に則ったものではない。社歴の浅い若い社員の不満を和らげるための方便にしか使われないものになっている。

以下のサラリーマン川柳の例を挙げよう

  • 大器晩成と言われいつのまにやら定年退職
  • 石の上に三年で同期に先を越され
  • 鉄のように打たれ過労死

笑えない現実である。

ご存じだろうか、米国のビジネス理論に我慢の考えは無い、しかし我慢を利用する手法は存在するのです。

評価はその時に得なければ、後で得られることは無い。

米国式ビジネスを真似る日本の企業では、定期昇給などは影を薄くし、四半期毎の一時的な評価表彰で済ませるようになった。経営者的には大きなコスト削減のなっている。少額でも全ての社員を昇給させるとその費用は毎月毎年にわたって増えることになる。o0300030012783515981

たとえば社員100人の千円の昇給を止めて、5人に二十万円の賞与加算をする方が遙かに安上がりである。100人の社員が1,000円の昇給をすると年間で、100人×千円×12ヶ月で百二十万円かかるが、成績優秀な社員5人に20万円で合計で、百万円

これが合理的で公正な評価と言われている仕組みです。

世のサラリーマン諸君、努々自らの首を絞めるような事の無いように祈ります。

 

 

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